「平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかもしれないが、世のなかには、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。ああ今日もまた一日を生きていかなければならないのだという考えに打ちのめされ、起きだす力も出てこないひとたちである。」
これは、神谷恵美子さん著「生きがいについて」(みすす書房)の冒頭の一文です。
神谷さんは1914生まれで、1979年に亡くなられていますが、精神科医であり、私の愛読書である、マルクス・アウレリウスの「自省録」を、独学で学んだギリシャ語から訳し、世に出した著述家でもあります。マルクス・アウレリウス同様、私が尊敬する人の一人です。
神谷さんは、まだ20歳そこそこの時、父親についてたまたま訪れた、ハンセン病患者の療養施設で、その実態を目の当たりにして、「なぜ、私ではなく、あなたたちが、こんな苦しみを受けなければならないのか」と、衝撃を受けました。当時は、ハンセン病は治療困難な伝染病で、かかった人たちは、島に隔離されていました。そのひどい生活ぶりを目の当たりにして、この人たちを助けたいという思いでいっぱいになり、在籍していた津田塾大学時代、精神科医の医師になると決意した人です。精神科医になってからは、津田塾大学で教鞭を取る傍ら、ボランティアで島のハンセン病療養施設を訪れ、人々を励まし続けました。
津田塾は私が卒業した大学でもあるのですが、大学時代、授業中に、とある年配の先生が、神谷美恵子さんが授業を教えていらっしゃったんですよ、と話しているのを聞いたことがあります。その当時は、神谷さんがどんな方かよくわかっていなかったので、特に興味ももたずにスルーしていたのですが、今思えば、その時、もっと詳しく聞けばよかったと思います。神谷さんは、知性の面では、語学堪能、文系理系ともに秀でた天才である上に、精神面では、日陰で苦しんでいる人たちに寄り添う、菩薩のような人でした。一言で言うなら、非常に賢く、高潔な精神を持った人でした。
そんな神谷さんが書いた、「生きがいについて」は、当時、社会から見捨てられたような生活を余儀なくされていたハンセン病患者の人たちをはじめ、死刑囚、原爆で被爆した人、その他、耐えがたい苦しみや悲しみを抱えて生きる人が、どうやって生きがいを見出すのかということに焦点を当てて書かれた本です。
今、幸せで、明るく楽しい生活を送っている人は、重く感じるだけで、読んでも面白いと思わないでしょうから、お勧めしません。でも、今、生きるのが辛い人、絶望の淵にいる人は、この本を読めば、自分の辛さをわかってもらえて、慰められるような気持ちがするのではないかと思います。興味がある方は、一度、読んでみてはいかがでしょうか。











